弛緩法
この方法を行うときは、その前に必ず目を閉じて深呼吸をさせます。三回ゆっくりと深呼吸をし、三回目には息を止めさせます。
それはなぜかというと、目を閉じて自分の呼吸に意識を向けさせることで、周りへの余計な意識を取り除き、催眠に集中させることができるからです。人は普段意識していないものに意識を向けると、催眠状態に入りやすくなります。
また、深呼吸をすることで血圧が下がり、脳に酸素が行かなくなります。そのことによって脳がマヒし、表面意識を取り除きやすくするという効果もあります。呼吸は腹式呼吸を心がけましょう。肺を膨らませるのではなく、お腹を膨らませることを意識すれば、それで充分です。
次のように誘導します。
「目を閉じてください。深呼吸をしてみましょう。鼻からス~~と吸ってぇ、口からフ~……腹式呼吸なので、鼻からス~~と吸って、お腹を膨らませながら口からフ~……もう一度、鼻からス~~と吸って、いったん止めて、口からフ~……普通の呼吸に戻っていいですよ」
とてもリラックスしている状態になっているはずです。そこから弛緩法をしていきます。
弛緩法には、次の4つがあります。
- 分割弛緩
- イメージ弛緩
- 凝視法
- 催眠の深化
どれも脳内の表面意識をジワジワと溶かしていき、潜在意識をむき出しにさせていく技法です。氷が周りから溶けていき、中に隠れていた潜在意識が徐々に表れてくるというイメージでしょうか。
また、弛緩法とは、基本的に眠いのを我慢させることによって脳内麻薬を出させ、頭をボーッとした心地よい状態にさせる方法です。口調はあくまでも柔らかく、子守歌を歌うときのように相手を眠くさせるような気持ちで語りかけて下さい。
それではこの四つを一つずつ説明していきます。
分割弛緩
まず、「分割弛緩」は、体の部位を一つ一つ分割して力を抜かせていく方法です。
「右の肩から力が抜けてくる……左の肩から力が抜けてくる……」というふうに右の肩から始まって、左の肩→胸→背中→お腹→お尻→右足→左足と進みます。だいだいここまで来ると催眠状態になりますが、さらに額→眼球→まぶた→頬→顎というところまで行くこともあります。
相手が眠くなるような柔らかい口調で、次のように誘導します。
「まず、右の肩から力がス~~と抜けて、左の肩からも力がス~~と抜けて、胸からも力がス~~と抜けて、背中から力がス~~と抜けてくると、頭が少しだけボ~~としてきますね。
背中から力がス~~と抜けてくると、今度はおなかから力がス~~と抜けて、お尻からも力がス~~と抜けていきます。
右足からも力がス~~と抜けて、左足からも力がス~~と抜けて、全身の力が足からフワ~~と床に流れ出るような感覚がして、もっと頭がボ~~としてきますね。
全身の力が抜けてくると、今度はオデコからも力が抜けて、まぶたからも力が抜けて、眼球からも力が抜けて、頭がフワ~~、ホッペからも力が抜けて、最後にアゴからも力が抜けて……」
これにはポイントが2つあります。「背中から力がス~~と抜けてくると、頭が少しだけボ~~としてきます」というように、最初は「少しだけ」頭がボ~とするという表現から、「全身の力が足からフワ~~と床に流れ出るような感覚がして、もっと頭がボ~~としてきます」というように、次は「もっと」頭がボ~とするという表現に変わりました。つまり「頭がボ~とする」状態が「少しだけ」から「もっと」というふうに増えていくイメージを相手に与えるよう表現を工夫しているのです。
次のポイントは、「ス~~」という言葉を多用することです。同じ「ス~」でも「ス~~(↑)」と語尾を上げる言い方もあれば、「ス~~(→)」と同じトーンのままであったり、「ス~~(↓)」と語尾を下げる言い方、また「ス~」と伸ばす母音を短く目にする言い方と4種類あります。抑揚をきちんと使い分け、「ス~~」を多用することで脳を溶かし、催眠に誘導していきます。
余談ですが、私は日本語が分からない外国人に対して、この「ス~」だけで催眠をかけたことがあります。
眼を閉じて深呼吸をしてもらった後に右肩を触りながら「ス~~」と力が抜けていく感じを出し、次に左肩を触りながら同じよう「ス~~」。これだけで相手は催眠状態に入っていきました。それほどまでにこの「ス~~」という言葉は有効だということです。
イメージ弛緩
「イメージ弛緩」は、眠くなるような状況を相手にイメージさせて催眠に誘導していく方法です。 相手が眠くなる状態であればなんでもかまいません。例えば、一緒に公園に出かけたとしましょう。次のように優しい口調で誘導します。
「あぁ、目をつぶってください。あなたは今、私と一緒に電車に乗って遠くの公園に出かけています。電車を降りて切符を渡して外に出ると、目の前は生い茂った森です。
私と一緒に森の中の小道を歩いていきます。木漏れ日が差してきて、光があなたの目に注がれています。鳥のさえずりが聞こえてきて、冷たい風がスーと流れていて、ツーンと森の香りがしてきます。不思議な森の中を、あなたは足元に気をつけながら進んでいます。
小枝を踏むとパキッと音がします。湿った土の上を一歩一歩踏みしめながら小道をまっすぐ歩いていると、ちょっとした広場に出ました。切り株があります。その切り株にゆったりと腰をおろして周りの風景を見ています。大きくて高い木がうっそうと茂った中、あなたはゆったりとした感覚を楽しんで、大きく深呼吸をしました。とてもすがすがしいですね。
鳥の声が聞こえてきて、ゆったりとした感覚を楽しんでいると、頭がどんどんフワフワしてきます。森の香りを吸えば吸うほど力がス~~と抜けていきます……」
できるだけ具体的な描写をしてあげると、相手はますます催眠に誘導されていきます。森の中に太陽の日射しがさしこむ情景の中にいる自分を思い、気持ちのよい草の香りもしていることでしょう。
こうなることで相手は眠くなっていき、催眠状態に入っていくのです。
五感を刺激するように、具体的な描写をしてあげると、相手はますます催眠に誘導されていきます。森の中に太陽の日射しがさしこむ情景の中にいる自分を思い、気持ちのよい草の香りもしていることでしょう。味覚以外の感覚はフルで使って表現してください。こうなることで相手は眠くなっていき、催眠状態に入っていくのです。
凝視法
「凝視法」とは、目を疲れさせて催眠に誘導する技法です。五円玉をぶら下げて目の前で揺らしながら「あなたは眠くなーる」と暗示を与えるような場面を漫画やテレビドラマなどで見たことがあるかもしれませんが、基本的にはそれと同じことです。
ただし五円玉の揺らし方は、弧を描くようにすると、目で追いずらいので、左右に床に平行に動かします。次のように誘導します。
「五円玉の真ん中を見て下さい。首はそのままで眼球だけで追って下さい。右に持ってきます。見えますね。左に持ってきます。見えますね。最初に、どこまで見えるか、きちんと把握します。
目から拳2個分ぐらい外してみますね。どうですか、見えますか。どこまで見えるかを確認したら、じょじょにゆっくり動かします。右から左へ五円玉を追っていると、だんだん目がシバシバしてきます。
だんだんまぶたが重くなってきて、5円玉を見ているだけで、どんどん頭がボ~~としてきます。そのままス~~と目を閉じると、力がス~~と抜けてフワ~としてきます……」
これが五円玉を使った誘導の仕方です。もちろん五円玉でなくても、目を疲れさせるために他の物でも代用できます。
例えば、青い光を発するレーザービームがあります。キーホルダーになっていて、夜キーを使うとき、照明がわりに使えるようになっているような小物です。
これを使います。ただし、赤や白のレーザーもありますが、赤は相手を興奮させるので逆効果です。目を疲れさせるためには青色が最適です。
青い光を相手の目と目の間に当てて、次のように誘導します。「青い光をじっと見ていると、まぶたがどんどん重くなって、目がシバシバしてきます。
青い光をじっと見ていると、青い光があなたの頭の中にフワ~と入ってきて、頭の中が青い光でいっぱいになって、頭の中がチカチカして、まぶたが重くなって目を開けているのがつらくなります。
青い光をじっと見ていると、まぶたが重くなって頭がフワ~としてきます……」また、青い光をじっと見てから目を閉じると、まぶたに青い残像が残ります。これを利用する誘導法もあります。
「青い光をじっと見たまま目を閉じて下さい。残像が見えますね。青い残像を追って下さい。青い残像を追っていると、青い残像があなたの頭の中に入ってきて、青い残像を追えば追うほど頭がどんどんフワフワしてきます……」これが目を疲れさせることで催眠に導く方法です。
催眠の深化
最後に「催眠の深化」です。催眠には、浅い催眠と深い催眠があり、その深度によって、次に説明する「暗示」の入りやすさが違ってきます。筋肉を硬直させたり、甘い物でも苦く感じさせたりするようなことは浅い催眠で可能ですが、記憶を操作したり、幻覚を見させたりするようなことは深い催眠でなければかかりません。
深い催眠に導くためには、催眠をかけては起こし、起こしてはまたかけるということを繰り返します。ややオーバーなぐらいに柔らかい口調を用い、より催眠が深まるような気持ちで、次のような誘導をしていきます。
「目を閉じてください。もっと深い催眠に入っていきます。
「私がこれから数を数えます。私が数を数えれば数えるほど、あなたは深い催眠に入っていきます。数を数えますね。1、2、3、4、5……(1~100まで数える)100。深い、深い催眠状態を楽しんでください。私が3つ数えると、さっきよりもっと深い催眠状態のまま起きてきます。1つ、2つ、3つ、おはよう。」
「もう一度目を閉じてください。力がス~~と抜けて、また深い催眠に入ります。さらに深化させます。私が数を数えれば数えるほど、もっと深い催眠に入ります。数を数えます。
1、2、3、4、5……(1~100まで数える)100。深い、深い催眠状態に落ちていきます。これから、あなたに話しかけるのをやめます。話しかけるのをやめるので、自分の呼吸に意識を向けてください。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、呼吸をすればするほど、どんどん深い催眠状態に入っていきます。話しかけるのをやめる間、あなたは湖の底に落ちていくような感覚で催眠に入っていきます……」
このとき、いったん話すのをやめ、自分の意識で呼吸をして、どんどん催眠を深めさせていくということが重要です。また、100まで実際に数えましたが、それはこれから深い催眠に入るということを相手に伝え、深い催眠に入るタイミングを与えるためです。
「1つ、2つ、3つ、おはよう」という言葉を使いましたが、それは催眠から目覚めさせるときに使う暗示文です。これは後の「解除」で詳しく説明します。
以上、4つの弛緩法の説明をしましたが、これらの弛緩法を行うときに必ず注意しなければならないことがあります。
それは催眠状態に入ると、相手の力が抜けるということです。そのとき、前のめりになったり、後ろに倒れてしまったりということがあり、注意をしないと大怪我をする場合も考えられます。
催眠に誘導するときは、相手の体の力の抜け具合を必ず意識し、どのように倒れても対処できるようにしてください。
例えば、前に倒れてきたら、腕の裏側の柔らかい部分で相手の体を受け止め、額を手で押さえてあげます。
後ろに倒れたときは、必ず首を持ち、腕の裏側の柔らかい部分で肩を支えます。そのとき、直線的な動きではなく、できるだけ円を描くような感じで体を受け止めて下さい。できるだけ優しく包み込むようにして、頭がガクッと後ろや前に動かないように首を確保することが大事です。
誘導の言葉でも、
「力を抜いて後ろに倒れてごらん……楽ですね」
と、あらかじめ相手の肩に手を回し、首が倒れてきても大丈夫のようにしておけば、相手に安心感を与えることができます。
それを怠って、相手が床に倒れて痛い目にあったりすると、それ以降、相手は怖くなって催眠にかかることを拒否してしまいます。
催眠は気持ちいいものだということを相手の心に植え付けるためにも、力が抜けてきたときの対処はとても重要だということを忘れないで下さい。